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最高裁行政事件解説

※本文章は、行政関係事件専門弁護士ネットワーク(ぎょうべんネット)掲載用の記事として作成したものです。


普通地方公共団体の議会の議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することと理由とする国家賠償請求の当否の判断方法
(平成31年2月14日第一小法廷判決民集73巻2号123頁)


第1 事案の概要及び判決内容
1. 事案の概要

Y市の市議会議員であるXが、市議会教育民生委員会において視察旅行を行うものとして、市議会議長の承認を得て同委員会委員全員に出張命令を発していたところ、Yの財政状況に照らしてこれを実施すべきでないと判断する旨を記載した欠席願いを出したうえで視察旅行を欠席した。これに対し、市議会運営委員会は、Xが視察旅行を欠席したことを理由として、厳重注意処分を決定し、市議会議長はこれを正副委員長のほか、取材申し入れをした新聞記者5、6名のいる議長室で決定通知書をXに交付した。Xは、議会運営委員会による懲罰決定、市議会議長による公表行為(以下まとめて「本件措置等」という)によって、名誉が毀損されたとして、国家賠償法1条に基づき。慰謝料等の支払を求めた事案である(以下「本件訴訟」という)。
本件訴訟では、訴えが裁判所法3条1項にいう法律上の争訟にあたるか、これに当たるとして、議会の内部規律の問題として裁判所はこれらの行為の適否の判断を差し控えるべきかが争点となった。

2. 判決内容
最高裁第一小法廷は、各争点に関して以下の通り判示した(以下「本件判決」という)。
「本件は、被上告人(本件でのX)が、議会運営委員会が本件措置をし、市議会議長がこれを公表したこと(本件措置等)によって、その名誉を毀損され精神的損害を被ったとして、損害賠償を求めるものであり、私法上の権利利益の侵害を理由とする国家賠償請求であり、その性質上、法定の適用による終局的な解決に適しないものとはいえないから、本件訴えは裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たり適法というべきである。」・・・・・「普通地方公共団体の議会は、地方自治の本旨に基づき自律的な法規範を有するものであり、議会の議員に対する懲罰その他の措置については議会の内部規律の問題にとどまる限り、その自律的判断に委ねるのが適当である(最高裁昭和34年(オ)第10号同35年10月19日大法廷判決・民集14巻12号2633頁参照)。」・・・・・「したがって、普通地方公共団体の議会の議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国家賠償請求の当否を判断するに当たっては、当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り、議会の自律的な判断を尊重し、これを前提として請求の当否を判断すべきものと解する。」・・・・・・そして、「これ(議会運営委員会による議員に対する厳重注意処分決定、著者が引用)は、被上告人の議員としての行為に対する市議会の措置であり、かつ、本件要綱(市議会の定めた政治倫理要綱,著者の引用)に基づくものであって特段の法的効力を有するものではない。」・・・「以上によれば、本件措置等は議会の内部規律の問題にとどまるものであるから、その適否については議会の自律的な判断を尊重すべきであり、本件措置等が違法な公権力の行使に当たるものということはできない。」


第2 調査官解説(以下「本件解説」という)での評価及び解説枠組
本件解説では、本件判決の位置づけを地方議会の懲罰その他の措置が議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国家賠償請求訴訟につき、法律上の争訟の有無や請求の当否の判断方法について最高裁が初めて判断を示したものとする。下級審での判断はなされていたものの最高裁としての明確な判断はされておらず、本件判決で最高裁が初めて判断を明確に示したことに意味があるとする。
そして、本件解説は法律上の争訟の問題と司法審査の問題に分けて説明する。法律上の争訟については、その前提として団体の内部事項に関する問題に対する法律上の争訟についての整理をし(第3、1(1))、その議論状況を踏まえ、内部事項の違法を理由とする国家賠償請求訴訟の検討に至っている(第3、1(2))。次に、法律上の争訟性をクリアした上での司法審査の在り方について検討している。法律上の争訟性という訴訟要件の問題を最初に検討し、その上で司法審査、つまり違法性判断に関する問題を検討すること、法律上の争訟性に関し、措置そのものを争う場合の議論から国家賠償請求訴訟という単なる給付訴訟に関する議論への導く検討の方法は理解を深める上で有意義である。


第3 本件解説についての検討
1. 法律上の争訟性について

本件解説では、最初に憲法76条1項の司法権の範囲に関して、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟と同義であると一般的理解を説明した上で、団体内部に関する司法権の範囲について検討する。通説・判例では、板まんだら判決(最三小判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁)で示された「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用によって終局的に解決することができるもの」との定義づけを示す。そして、この例外について、①憲法が明文で示したもの、②国際上の治外法権(国際法、条約)などの定められたもののほか、③法律上の係争ではあるが、事柄の性質上裁判所の審査に適しないものがあるとしている。明文などの根拠がない③の根拠について、国会や議院の内部事項については三権分立や議院の運営や資格・懲罰について憲法上の規定が設けられていることから自律権として理解されているのに対し、地方議会については直ちに自律権が保障されるべき地位でないとして、内部事項に関する問題は団体の内部事項に関する問題として扱うべきであるとする。そして、団体の内部事項については、それぞれの団体の目的・性質・機能のほか、その自律性・自主性を支える憲法上の根拠に照らし、検討すべきであると位置づける(芦部・憲法(第7版補訂版)356頁ほか)。
地方議会の内部事項に対する司法審査に関し、本件解説は判例から
議員としての行為について
ア. 除名処分のような議員の得喪に関する処分の適否に関する訴えは司法審査の対象とする

イ. 議員の権利行使の一部的制限にすぎない懲罰決議等の適否に関する訴えは,内部規律の問題として自治的措置に任せるとし、法律上の争訟に当たらないとしている
と整理づける。
その上で、本件のような地方議会の議員が議員としての行為に対する議会の懲罰その他の措置の違法を理由として提起した国家賠償請求訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係をめぐる紛争であるため、その訴えの適法性を検討する。本件解説の検討は適切である。本件事案が、本件措置を直接争うものではなく、国家賠償請求訴訟であるためである。
国家賠償請求訴訟は、私法上の権利侵害を理由とする給付訴訟であるから本来適法である。しかし、前述の板まんだら事件最高裁判決において、寄付金の不当利得返還請求訴訟という給付訴訟でありながらその成否を検討する上で宗教上の教義を問題とすることが必要不可欠であるとして、法律上の争訟に該当しないとして不適法却下したために議会という団体での内部事項についても分析する必要が出てきたのである。
本件解説は、議会の内部事項に関する問題に関しては法令を適用しての判断が可能であるものの、議会の自律権から司法審査を差し控えるべきであるとしつつ、他方で議会の措置が私法上の権利利益を違法に侵害することを理由とする国家賠償請求では議会の自律権は請求の当否を判断する一要素に過ぎないとしてその検討が不可欠ではないとする。よって、法律上の争訟であることを否定する合理的理由はないとする。
そして、同問題に関する結論として、訴訟物そのものが具体的な権利義務ないし法律関係をめぐる紛争であり、その前提問題として団体の内部事項の適否が問題となる場合は当該前提問題が法令の適用により終局的に解決することができない問題でない限り法律上の争訟であることを否定されないことが相当であるとする。その上で議員としての行為に対する地方議会による懲罰その他の措置が私法上の権利義務を違法に侵害することを理由とする国家賠償訴訟についても訴えは適法とする。本件解説の説明及び結論は適切である。

2. 国家賠償請求訴訟における地方議会の内部事項の適否に関する司法審査に関して
(1)本件判決では、司法審査に関して、地方議会の議会の議員に対する懲罰その他の措置について、議会の内部規律の問題にとどまる限り自律的判断にゆだねるべきとする論理は措置が私法上の権利利益を侵害することを理由とする国家賠償請求の当否を判断する場合でも異ならないとする。そして、「議会の議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国家賠償請求の当否を判断するに当たっては、当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り議会の自律的な判断を尊重し、これを前提として請求の当否を判断すべき(下線は著者)」と述べる。
(2)本件解説は、学説や判例での議論状況を整理したうえで、団体の内部事項に関する行為に関する国家賠償請求訴訟が適法であるとしてもその司法審査に立ち入るかについて、
①議員の議場外の個人的行為又は私的紛争についての言動に関する地方議会の懲罰決議等の適否については、一般市民法秩序と直接の関係を有するものとして司法審査の対象としているのに対し、
議員としての行為については、除名処分のような議員の身分の得喪に関する処分については司法審査の対象とし、出席停止のような議員の権利行使の一時的制限にすぎない懲罰決議等の適否については,内部規律の問題として自治的措置に任せるのを適当とし司法審査の対象外とする
ものと整理した。
国家賠償請求訴訟における地方議会の内部事項の問題に関する司法審査について、本件解説は、原審(名古屋高裁平成29年9月14日判決)は、私権の侵害を理由とすることや一般市民法秩序において保障される事由の重大な権利侵害を問題とすることから司法審査の対象としている点について、法律上の争訟に当たることから、本案の問題である真実性や真実相当性について判断すべきであるとしただけで議会の自律権の範囲内に属する事項の問題をどう扱うべきかについて明示的な判断をしていないが、名誉棄損・人格権侵害等の違法行為が内部規律の問題を超えて一般市民法秩序に関係するものであるから、本案で全面審査に及ぶものと解したと分析する。
対して、本件判決で前記(1)のような判断をしたことについて、憲法で地方公共団体の組織及び運営に関し、92条や93条1項で地方自治の本旨から自律的な法規範の整備を予定し、実際に地方自治法で議会の組織、権限及び規律についての詳細な規定を設け、議会運営や懲罰などの内部事項について自治的・自律的なものと解していると理解する。そして、地方議会における法律上の係争については、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、内部規律の問題として自治的・自律的な解決に委ねるべきで、司法審査の対象としないものと理解すべきとする。この法理を国家賠償請求訴訟においても同様に理解する。そして、議会の内部規律の問題にとどまるかどうかを事案ごとに個別に検討する。本件解説の理解は議会の内部規律の問題にとどまるかによって異なってくるものとしているものであり、適切な理解である。そして原審は、内部規律の問題にとどまらないと判断し、最高裁は後述3のように結論として内部規律の問題にとどまるとするために結論が分かれたのである。

3. 本件に関する司法審査
(1)本件判決では、本件措置等に関して、議員としての行為に対する議会の措置であり、かつ、要綱に基づく措置であることから特段の法的効力を有するものではないとし、議長が相当数の新聞記者のいる議長室で通知書を朗読し交付したことについても、殊更に社会的評価を低下させるなどの態様、方法によって公表したものとはいえないとして、あくまで議会の内部規律の問題にとどまるものであり、その適否については議会の自律的な判断を尊重すべきとした。
(2)本件解説では、本件措置等に関して、①議会運営委員会による厳重注意処分決定、②議長による公表に分けて分析する。
そして、①について本件措置(処分決定)は、Xが視察旅行を正当な理由なく欠席したことを理由とし、地方自治法で定められた懲罰ではない要項に基づく措置であり特段の法的効力を有しないことから、Xの議員としての権利に重大な制約をもたらすことはないとした。本件措置は、Xに対して事実上の効力しか生じないものゆえ、その移動の自由や思想良心の自由などの憲法上の権利を制約するとは認めない。
次に、②について議長による公表行為は、議会の代表者である議長が通知書を交付することで本件措置を通知することとしたと評価した。次に、議長が相当数の新聞記者のいる議長室で通知書を朗読したことについては、議会運営委員会において予定したものではなく、市議会の措置とは評価できないとした。その上で公表行為が通知書のXへの交付によって行われているところ、どのような方法で交付するかは議長の裁量に委ねられており、殊更にXの社会的評価を低下させることを目的とし、社会的相当性を逸脱する態様、方法によって本件措置を公表するなど、その裁量を逸脱した場合に限って、公益目的を有しないものとして名誉毀損が成立するとした。
(3)本件解説は、本件判決を踏まえ、内部規律の問題として説明しようとしている。しかしながら、本件判決では実際に目的・態様・方法までの踏み込んだ検討をしている。これは内部規律にとどまるかどうかからの司法審査の問題というよりは違法性判断をしているように見える。本件判決及び本件解説では、本件措置等について、①本件措置と②公表とを分けておきながら、前者(①)でしかその措置が法的なものであるかどうか、議員としての重大な権利制約をもたらすかという内部問題にとどまるかの検討をしていない。後者(②)については、本件解説では、公表行為の目的・態様・方法の検討をし、議長による裁量の逸脱とはいえないとしているのである。①におけるような措置が法的なものであるかどうか、議員としての重大な権利の制約をもたらすかの検討ではない、市議会議長の通知方法に関する裁量の検討にとどまっているのである。あえて独立しての内部規律の問題としての検討を避けたのであろう。本件解説でも公表行為に関して、「このような態様、方法による本件通知書の交付が、市議会議長の裁量を逸脱したものではないことを示したものと思われる」としておきながら後に、「以上によれば、本件措置は内部規律の問題にとどまるべきものであるから、その適否については議会の自律的判断を尊重すべき」と結論づけている(164頁)。本件解説では、なぜ公表の目的・態様・方法などの検討から内部規律の問題にとどまるのかの論理が示されていないのである。本件判決の理解が難しい点についての検討を本件解説では避けていると言える。
本件判決において、議長による公表部分について、目的・態様・方法などからの検討をしていることは、議会の内部行為の問題ではなく、独立しての公表行為についての司法審査をし、違法性の検討をしているのだと評価すべきである 。※1本件判決において、最終的に内部規律の問題と結び付けていること、そしてその解説たる本件解説でも措置と公表とを分けておきながらも分けた意味を見出すことなく、最終的に内部規律の問題としていることは、本件判決の理解を困難にするものであり、最高裁解説としては非常に残念なものと言えよう。なお、仮に分けて公表行為について検討すると、議長の裁量の範囲内に関する検討部分(目的・方法・態様)に関する相当性はないといえ、内部規律の問題にとどまることなく、違法であると判断(検討)すべきではなかったか。

4. 主張立証について
本件解説では、結論を左右するものではないが、最後に主張立証責任について述べている(164頁)。国家賠償請求訴訟では、請求原因として、公務員の行為が違法な公権力の行使に該当することを主張立証すべきであるのに対し、名誉棄損に基づく損害賠償請求訴訟では、名誉棄損該当性を請求原因とし、公共性・公益目的性・真実性又は真実相当性を抗弁としているからである。本件解説では、結論を留保しているが、実質的には、名誉棄損に基づく損害賠償請求訴訟と同様に理解し、公務員の場合であっても名誉棄損該当性を主張立証さえすれば、抗弁としての公共性・公益目的性・真実性の判断において措置の適法性を問題とすることになるのではないか 。※2

※1 判決に関し、同様の検討をしているものとして、村西良太 民商法雑誌155巻6号80頁、神橋一彦 法学教室464号118頁など
※2 神橋前掲、須田守 ジュリスト1544号(令和元年度重要判例解説)55頁



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